
学級づくりは土壌づくりから
先日、TVでCNNを眺めておりましたら、画面下部の翻訳のテロップ(日本語)に「信頼感」という文字が目に入りました。「アメリカ人にとっての信頼感とは何だろうか?」という素朴な疑問がわき、私の疑問に即答するかのように、その女性キャスターの口から(聞き間違えでなければ)<mutual respect>という言葉が出てきました。(直訳すれば、互いに敬意を払うこと、でしょうか)
この「信頼感」を学級(学校)内の人間関係にあてはめるとき、教師と子どもの関係の枠組みで考える他ありません。教師の子どもへの「敬意」とは何かと問えば、全ての子どもがもっているよさや可能性、一生懸命に努力している点などを教師が見いだし、引き出し、級友の前でそれを認めてやること、これに尽きるといってもよいかと思います。子どもの教師への「敬意」はそれへのオマケに過ぎません。
教師が学級づくりにあたって費やす全てのエネルギーを100%としたとき、その大半はじっくりとまず担任と子どもの信頼感の醸成に充てられます。信頼感に満ちた学級の土壌の上で子どもたちは教師から様々な知性、感性に働きかけられ様々なことを教え育まれるものだからです。
教師は子どもに対して厳しいだけではどうしようもないですし、甘いだけではもっとしようがない。ここぞというときには励まして力づけてやる。ほめるべきところでは、心をこめて満点の評価を与えてやること、これが子どもの中で困難を克服するバネとして働きます。
子どもは、親や先生や友だちに自分の気持ちや発想をまず聞いてもらえることで気持ちが安定していきます。子どもは自分の話を聞いてもらえると、満足感と安心感が生まれ、教師への信頼感が生まれます。子どもの声を聞き、きちんと受け止め、その上で指導すべきはきちんと指導する。教育の不易の部分です。やがて、子どもにとって教師は完全な味方として映り、子どもたちは教師への信頼を通じて自分に自信がもてるようになりますし、自分はなくてはならない存在だと気づきます。子どもたちが朝、目覚めたとき、学校が「今日も早く行きたい」と思える場所になるよう教職員全員が努力を怠らず、保護者の皆様のご支援、ご期待になお一層お応えしなければなりません。
人は自分の居場所があれば平静な心でいられます。家族にとって家庭が安らぎの場としてあるのと同様、子どもたちが一日の大半を過ごす学校(学級)において子ども一人ひとりに自分の居場所をつくるのも教師の大切な役割だと思っております。子どもたちが「自分はここに居てもいいのだ」と確信できたとき、心から安心して小学校生活を楽しむことができます。学校において子どもに安心を与えるのはなにより教師(担任)という存在なのです。
校長 栗 栖 恒 久